私はこうやって起業ネタ見つけました:前編

先日、「このブログの全ページを読みました!」という奇特な方に出会いました^^;

メルマガは誰が開封したか分かるのですが、このブログはアクセス数が分かるだけで、どこのどんな方が読んで下さっているのか分かりません。

ブログを更新し続けるって意外に孤独なんです(笑)

なので、「読んでます!」の一言はとても励みになります。

で、その方から、「起業ネタを見つけたいきさつを、もう少し詳しく聞きたい」ということでご連絡頂きました。

セミナーでは軽くお伝えしているのですが、このブログには書いてなかったか。。。てか、書いたかどうかすら覚えてない!

私は脳のメモリが小さいのか、このブログも書くそばから内容を忘れちゃうんです😅

というわけで(どういうわけで?笑)、今日は改めて、私が起業ネタにたどり着くまでの体験談を書こうと思います。

目次

会社員時代:置かれた場所で咲いてたら、やりたいことが分からなくなった

ちょっと前ですが、「置かれた場所で咲きなさい」という本がベストセラーになったことがあります。

「置かれたところこそがあなたの居場所なのです」と、運命を受け入れてそこで自分の役割を全うする素晴らしさを説いた本だったと記憶しているのですが、会社員時代の私はまさしくそんな感じでした。

会社は適材適所で人を配置するのが建前ですが、当然のことながらいろいろな事情で、やりたくない仕事、向いていないポジションに配置されることもあります。

でも会社員という仕事は、どんなにそれが向いていなくても、楽しくなくても、置かれた環境でいかに成果を出すかを問われます。

そして会社員生活が長かった私は、それを「当たり前」と思ってきました。

楽しくなければ楽しみを見出せるように頑張り、その場、その場に適応していったのです。

そうして、ふと気づくと、「自分が何をやりたいのか」を考えることもなくなっていました。

経営層が変わり、パワハラの標的になり、食事も喉を通らず、急に涙が出るような状態になり、その時、心底「会社を辞めたい」と思いました。

でも退職する勇気も、転職する勇気もなく、会社にしがみついていました。

(余談ですが、後日乳がんが分かった時、この時のストレスが自分を痛めつけていたことをしみじみ実感しました。いたわってあげられなかった自分に「ごめんなさい」と思いました。)

会社にしがみついたままメンタルを崩しかけ、そして最後に「起業しようか。。」そう考えた時に、やりたいことが全くない自分に愕然としました。

自分は何が好きなんだろう。。ということすら、良く分からなくなっていた気がします。

起業塾に飛び込む

このへんの話は前にも書いているように思いますが、やりたいことも見つからないまま、とにかく会社から逃げたい一心で、私はある起業塾に飛び込みました。

最初にその塾のセミナーに参加し、その時に「やりたいこともネタもない」という話はしていたのですが、先生から「そんなじゅんじゅんさんにこそ、この塾は向いています!」と言われ塾に飛び込みました。

同期は私を入れて4人。私と同年代の女性3人と10歳ほど年下の男性ひとりという4人組です。

塾に入ったのは2019年なのでもう4年前になるのですが、未だにこのメンバーとは仲が良く、時々集まっています。

さてこの塾。カリキュラムも素晴らしい塾だったのですが、当時の私のステージには合いませんでした。

カリキュラムの前半は「志を見つける」として、自分の深掘りをしていきます。

そしてその志をプレゼンテーションして皆に発表するところまでがコース前半。

コース後半は、「ではあなたのやりたいビジネスで事業計画を立てていきましょう」。そんなカリキュラムでした。

入塾時点で、私には「やりたいこと」が全くなかったのです。後半に入った時、それなのに今「事業計画を」と言われても困る!というのが本音のところでした。

でもカリキュラムは進んでいきます。

なので私は、当時やっていた新卒採用の仕事にからめて、「日本で就職したい留学生と、採用したい起業をつなぐビジネス」を考え、カリキュラムをこなしました。事業計画も、財務諸表も、マーケティングリサーチも、会社員としてバリバリこなしていた私には何の苦もなく、カリキュラムは終わりました。

でも正直、このビジネスは「思いつき」のネタであり、苦労してまで本当にやりたいことかと言われると、そうではなかったのです。

そのため、カリキュラムを終えて卒業しても、そのビジネスをやりたいとは一向に思えませんでした。

塾主催者は、カリキュラムを終えるとみなそれなりにビジネスを創り上げるので、「ネタがない人も大丈夫!」と思っていたようです。

「なんでやらないんですか?」と聞かれましたが、あえてその理由を言うこともなく今にいたります。

転機①:起業塾に入り、会社外の世界に触れる

今思えば・・ですが、塾のカリキュラムでは起業できなかった私ですが、この塾に参加したことが今につながるひとつの転機になっています。

会社員だった私の「起業する人」のイメージは、「営業も、マーケティングも出来て、リーダーシップもあって、財務もわかる!」そんなスーパーマンのイメージでした。

でも当たり前ですが、めちゃめちゃ美味しいお寿司を握るすし職人がスーパーマーケッターかというとそんなわけはなく、みな「やりたいこと」はある程度見えていても、「それをどうお金に代えるのか」については初心者だったのです。(もちろん、私含めて!)

YouTube投稿したり、ブログを書いたり、みないろいろやってみたけれど、なかなか問い合わせはない!そんな人がたくさんいました。

そんな中、私は今まで会社員として積んできた経験が、会社から一歩出てみると相当すごいものであることに気づき始めました。

45,000時間にも及ぶマーケティング経験、台湾や中国子会社の社外取締役として積んだ経営経験、一部上場企業の広報・IR室長として機関投資家と対峙して財務や経営方針を説明した経験。。。こうした経験を積んでいても、会社の中では「お前はダメだ」「お前らはダメだ」「だからこの会社はダメなんだ」ということを毎日言われ続けていました。とにかく叩かれ続けていました。

会社という狭い中で、その中での評価しか見ていなかった私には、外の世界が見えていませんでした。

外に出て初めて自分自身の価値を少し知ることができました。

そして私は、少しずつ、周りの仲間にアドバイスを求められるようになり、居場所を得ていきます。

マーケティング経験が長い私から見ると、「ターゲットを絞り込む」「伝わるメッセージ」みたいなところは基本中の基本。でも当時の私は、そんな知識は世界中の人が知っているものだと思っていましたし、その知識に価値があるとも気づきませんでした。

それでも頼りにされるのが嬉しくて、頼まれもしないのに、私はいろいろなサポートをするようになっていきました。

そして会社の組織も変わり、それがもとで、会社の居心地も少しずつ改善されていきました。

起業塾に入っても起業できなかった私は、「起業なんて私にはやっぱり無理だったんだ。だったら会社はATMと割り切って、この友人サポートを生きがいにしてこれからやっていこう」。

私はそう考えるようになりました。

転機②:社長が言ってたよ「あの部署つぶして、あいつら全員飛ばすよ」って

「会社はATM。生きがいは外の世界で」と割り切って仕事をしていた21年3月頃のこと。

社内の友人からこんなことを言われました。

『飲み会で、社長が「あの部署(私のいた部署です)つぶして、あいつら全員飛ばすよ」って言ってたよ』

私は新卒採用をしていましたが、当時新卒採用の競争倍率は相当高く、どの企業も目標充足率の60-70%程度しか採用が出来ないという時期でした。そんな中、目標を120%以上超える数値を出していたのですが、逆にそれが目立ってしまったのかもしれません。

会社にとって良い方向に数値を出し、結果を出しているのに、まさかそんな・・と思いましたが、その一方で、「やりかねない」とも思っていました。

そして1-2か月後。

年度途中で組織改定期時期でもない時期に、本当に私のいた部署はつぶされ、私は、他部署との兼務の社員しかいない、なかばバーチャルな課に飛ばされました。

ショックでした。

この会社にいたら、成果を出せば出すほど、目立てば目立つほど叩かれる。生きがいはボランティアでなんて、生ぬるいことを言っていないで、本気で起業しよう。

ここで私は本気で起業を目指す決心をしました。

そう決めた私に訪れたのが、転機③です。(長くなったので、続きは次回に!)

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